2013年3月24日日曜日

最後の都市、リオデジャネイロ。

パラチーに3日程滞在した後、
いよいよ最後の都市・リオデジャネイロにやってきました。






今振り返ると、、、ギリギリまでパラチーにいればよかったかな笑。
自然大好きな私たちにとって
リオデジャネイロは都会すぎて、東京にいるのとそんなに変わりませんでした。


観光名所である、大きなキリスト像を見に行っても……


曇ってて顔が見えないし笑!
1800円くらい出して見に行ったのに泣!




こんな記念撮影スポットが人気。
これでいいのか笑?


はい、チーズ。


都会の中にあるのに、リオデジャネイロの海はすっごい綺麗でした。
水が冷たくてとても泳げなかったけど、
きれいなエメラルドグリーンでしたよ^^

複雑な心境の中、南米旅行は終了。
帰国の日(3月18日)には飛行機も通常通りに動いていたため、
無事に帰国できました。

あとは、まとめの記事を幾つか載せさせて頂いて
このブログも終わりになります。

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晴れた日のパラチー。

島巡りツアーからパラチーに戻ってきた夕方。
空が少し曇りかけていましたが、西日が綺麗でした。



太陽が桟橋に停泊する船を照らします。


そして翌朝。
私がまだ寝ている中、彼はひとりで散歩をして
こんなきれいな景色を見てきたそうです。うらやましい!
白壁の建物は、やっぱり晴れた日の方がきれいに見えますね。
青と白のコントラスト。










散歩のお供?どこの国も、犬は可愛い♡
南米は人懐っこい子が多いです。





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パラチーで島巡り。

海岸沿いにあるパラチーでのおすすめは
船で幾つかの島を巡るツアー。
参加したのは、3つくらいの島に行き、シュノーケリングも楽しめる半日ツアーです。

町中でツアーに申し込み、
当日、桟橋に集合です。


桟橋にはたくさん船が並んでいます。


集合時間ギリギリに行ったので、
申し込んだツアーの船がどれかわからず、焦りました。
時間に余裕を持って行かないとダメですね笑。



何十人か乗り込み、出発!





パラチー近くには幾つもの島があります。




個人所有?のような小さな島を通り過ぎたり。





元気よく泳ぐちびっ子たち。
シュノーケリンググラスや浮き輪は、レンタルしてくれたと思います。




島の浜辺。集合時間までフリータイム。



泳いで顔を上げた瞬間の彼がハゲちらかしていて、
久しぶりにふたりで爆笑しました。




曇りということもあり、海の色はビーチリゾートみたいに透明ではなかったけれど、
潮風に吹かれながら船に乗り(食事や飲み物もオーダーすれば出てくるし)、
船の上でギターを演奏してくれる人がいたり、
船でしか行けないような沖や、島でのんびり泳げて、すごく楽しかったです。
プライベートクルージングに乗せてもらった感覚を楽しめます。


そして驚くは、このツアーの値段。
日本円にして3000円ちょっとでした。
かなりのコストパフォーマンスの高さ!本当におすすめです。





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パラチーで笑顔を取り戻す。

サンパウロを出て向かったのが、パラチー。
サンパウロとリオジャネイロの間の海岸沿いにある、小さな町です。

ペルーで会ったブラジル人におすすめの場所を聞いたところ
ここを教えてくれました。
この町が、本当に良かったんです。



「天国に一番近い場所」と呼ばれる町。



残念ながら曇り空。



通りは全て石畳で、18世紀から残る白壁の可愛らしい建物が並んでいます。
海沿いなので町中に潮風が吹いていて、その雰囲気が心を静かにほぐしてくれました。



結婚式をやっている人がいました。




昔の石畳は凸凹なので歩きづらい。



幾つかある教会の中のひとつ。



白壁だけど、ドアや窓枠はカラフル。


震災直後で「笑うのも不謹慎」と無意識に思っていたのですが、
この町の温かい空気感や、カフェのゆるりとした雰囲気に癒されて
少しだけ笑顔を取り戻しました。



食欲も、少しだけ戻ってきました。



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震災の日。

悪夢のようなパンタナールを脱出し、夜行バスでサンパウロを目指しました。
その夜行バスに乗車した日が、2011年3月11日。
東日本大震災の日でした。

翌朝、途中のバスターミナルにてブラジル人のおばさんに声をかけられました。
「日本で大地震が起きたらしいけれど、あなたたちの家族は大丈夫?
 東京の方でも大きな地震があったと聞いたわ」。

ボニートを出てからずっとインターネットやテレビなどに触れていなかった私たちは
ここで初めて震災のことを知りました。
ふたりとも、実家が関東なので家族の安否を調べようとしましたが
バスターミナルでは国際電話が使えず、wi-fiも繋がりませんでした。

確かな情報を得られないまま、サンパウロまでバスに乗りました。
到着までの数時間が本当に長く感じ、景色が灰色になりました。

サンパウロに到着し、実家に電話をかけました。
幸いふたりとも、実家の家族は無事でした。

日本の現状が知りたくて、インターネットカフェで地震のことを調べました。
NHKで公開されていた津波の動画に、震えと涙が止まりませんでした。
一生懸命生きて、仕事をし、家族を築き、そんな人たちの生活が
一瞬で奪われてしまったこと。それがどんなに悔しくて悲しいことか。
しばらくはフラフラで何も考えられず、
日本の人たちがこんなに辛い想いをしているのに
自分はこんなところで何をしているのだろう、とそんなことばかり頭にありました。
旅行先にいることへの罪悪感もありました。

この時点で、旅行の帰りの日(チケットがもうある)まで
あと1週間ほどありました。
何もできないけれど一刻も早く帰りたい想いでしたが、
地震の影響でまだ日本行きの飛行機が飛んでおらず、
金銭的な理由でも、日本行きのチケットを新たにとることなんてできませんでした。

こんな状況の中で旅行を楽しむなんて到底考えられない。
でも、海外にいる自分が今できることは募金と情報収集くらいしかない。
帰りのチケットの日まで、旅行を続けるしかない。
せっかく海外にいるけれど、笑うことも楽しむこともできない。
でも泣いていても誰の役にも何の役にも立たない。

どうやって今このときに向き合えばいいんだろう。
旅行の目的も見失いました。
ただただ、ときが過ぎるのを待つ。そんな気持ちで、次の町へと向かいました。



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